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バンザーイ

ハイ ちゃんと乗った?

「うん」

ペダル 下ろして

「あい」

はい  フナバシジロウさん バンザーーイ

「バンザァァァイ」


ジロさんが大きく両手を挙げた

私は 車イスの後ろ側から 彼のお腹に手を回し
車イス用の転落防止ベルトを装着した






私はいつも ジロさんに限らず
車イスの患者さんに 転落防止ベルトをするとき こんな風に声をかける

両手を挙げるから 
ベルトするのに お腹がガラアキになるでしょ

車イスの患者さんだけじゃなく ただでさえ 老人は体の動きも硬いし
動きも少ないから
まぁ ストレッチも兼ねてる?



ほい ベルト完了
フナバシジロウ バンザーーイ

一緒に私も両手を挙げる

「バンザーーーーーイッ」

ほかの看護師が 苦笑しながら 廊下を通り過ぎていく


さぁ ジロさん お昼ごはんだよ!
今日は~♪ ジロさんの好きなものだといいねぇ~♪

「カレー食いたい カレー」

あは カレーかぁ
カレーは週末が多いからねぇ 今日はどうかな

車イスを押しながら 食堂まで歩く

ほい 到着
あら ヨネさんとタロさんも 今日はこのテーブルなの?
まさに フナバシ家の食卓だね


「はーい おまたせしました お食事でーす」

給食室のおじさんが 配膳車をひきながら 食堂に入ってきた




フナバシ3兄妹が 全員 ほかの病院に移る
という話は 以前から 出ていた

最近になって 話が具体化し 転院先の病院が決まった
3人一度には受け入れる病院も大変なので
ひとりずつ 1ヶ月ずつずらして 転院しましょう という話になった

3人とも 40年以上この病院で生活してきて
いまさらほかの病院に・・・というのは 酷だよなぁ なんて思ったりもしたが
いろいろ事情もあり、、、

3人には 主治医と家族から その話は伝えられた


昼食が終わり
テレビを見たり 部屋に戻ったり ホールを徘徊したりする患者さんたちがいる中
テーブルを囲んだまま 3つの車イスは動かず
3人とも うなだれていた


なによー もう 3人とも うなだれちゃってー
元気ないじゃない
午後はお風呂だよ! ジロさんの好きなお風呂!
ヨネさんとタロさんにも 新しいシャツを出しておいたよ!

テーブルの空いた一辺にすわり
声をかけた


「・・・・・。」


・・・どした?


「らんちゃん。。。俺たち。。。。みんな。。。○○病院行くんだって。。。。
 来月。。。
 ここにいたいよ。。。。」

タロさんが ぽつりぽつり と 言葉を出した

・・・・。

ヨネさんも 目をうるうるさせている


「みんないっぺんにじゃなくて ひとりずつ 順番なんだって。。。。
 来月。。。ジロから。。。行くんだって。。。。」


そうか・・・
3人が ほかの病院に行っちゃったら  淋しくなるなぁ・・・

でも また○○病院で 兄妹そろって生活できるし
それにたしか ○○病院には タナカ看護師さんがいるよ!
ほら 去年 定年でやめたタナカさん!覚えてる?
○○病院で まだ働いてるんだって! 元気だよね~


「あぁ。。。タナカさんかぁ。。。覚えてるよー
 昔 担当してもらったことがあるからなぁ。。。。」


ね 知ってる看護師さんいるなら 大丈夫だよ
らんも 3人が別の病院行っちゃうのは 淋しいけど
3人とも どこに行っても 兄妹仲良く 長生きしてちょうだいよ


「・・・ うん ・・・」



3人が テーブルを囲んでうなだれていた日から 10日後
ジロさんの転院の日が来た

その日 深夜勤務だった私は
夜中のうちに ジロさんの書類や薬をまとめておいた

転院先に 午前中に着くために
家族は まだ深夜勤務帯の am9:00に 病院に迎えにきた


ちょうど その時間
私は 朝食後に 腹痛と嘔吐を訴える患者さんがいて
その対応に追われていた

病棟入り口の大扉のところで
家族が 病棟師長と挨拶している声が聞こえていた

家族のそばには うつむき加減のジロさん と
泣きそうな顔のヨネさん タロさんが 車イスに座って じっとしていた

ああ
行って 挨拶しなくちゃ と 思いつつ 廊下を歩き始めると
腹痛の患者さんが 「看護婦さーん。。。。 うぅ。。。」と うめき声をあげ
ポータブルトイレに 嘔吐している音が聞こえた

慌ててかけもどり 患者さんの背中をさすり 落ち着くのを待って
嘔吐物の処理をするため ポータブルトイレのバケツを持って 廊下に出た


「長い間 お世話になりました・・・」3兄妹の家族の声が聞こえた

あ ジロさん 行っちゃう


と 思ったそのとき ぽつんと座っていたジロさんが顔をあげた

廊下のつきあたりにいる私と 目が合った


ジロさんが 両手を挙げて 大きな声で叫んだ


らんてぃす看護師 
バンザーーーーーーイ



条件反射的に ポータブルのバケツを床に置き
私も 負けずに叫んで 両手を挙げた



フナバシジロウ
バンザーーーーーイ



ジロさんは ニッコリ笑って 手を振って
家族に車イスを押されて
病棟の大扉から ゆっくりと 出て行った

by latenscurtis | 2007-11-22 19:59 | hospital